♪月は東に昴は西に、いとし殿御はまん中に♪ 丹後民謡(都都逸)
小生はうかつにも上掲の丹後民謡を知りませんでしたが、都都逸としてなら 時折目にしていました。そして思い浮かんで来たのは、与謝野蕪村の有名なあの俳句でした。
♪菜の花や月は東に日は西に♪・・・・この句と、上掲の26文字の都都逸のかかわり方については考えたことがありませんでしたが、順番から言えば、初めの着想は蕪村の俳句であり、それにヒントを得て、民謡(都都逸)が作られたのではないかと思っていました。
ところが、蕪村は三九歳のとき京から丹後へ移り、丹後宮津の見性寺で三年余りを過ごし、丹後から京へ帰って姓を与謝と改めたと言うことです。このことは「むかし丹後宮津の見性寺といへるに、三とせあまりやどりけり」と『新花摘』に書かれているそうです。
つまりすでに民謡(都都逸)の方が先にあって、それからヒントを得ての作句だったかもしれませんね。
俳句にあるような”月は東に(あって)、日は西に(沈む)”貴重なひと時は結構限定されてくるのです。
例えばこれからでしたら3月31日の17時20分頃に月と太陽を東西の端で見ることが出来そうです。この時の月齢は12.3で、十三夜の月です。
それからあとでしたら、4月29日の17時20分に月齢11.6の十三夜の月で見ることが出来ます。
上の二例の前後の日や時間では、月か太陽のどちらかが見えないことになりそうです。
(月が出てくる前だったり、太陽がが沈んだ後だったり。またはほとんど地平線上で無理)
興味深いのは菜の花の咲く時季で、”満月”の時にはその現象が出現しないということでした。
月はこれからどんどん細くなる:
↑5日の立待月 月齢16.0
↑一日置いて7日の寝待月 月齢18.1
↑8日の更待月 月齢 19.3
この姿を待っていました。去年は花芽が一つでしたが、今年は倍増?
花の蕾は綿毛に保護されています。
これにて我が家のシデコブシは満開間近となりました。







縄文人
返信削除「月は東に昴は西に、いとし殿御はまん中に♪」は、丹後民謡「宮津節」の歌詞の一部ですね。
江戸時代に京都府宮津市の花街で歌われたお座敷歌が発祥とされて・・・。
宮津節は、賑わった港町宮津の繁栄を歌ったもので、さまざまな商人が行き交う活気ある様子が伝わってきます。
ちょいとググってみました。
木瓜咲いて御機嫌ななめの雪が降る (縄)
昨夜の予報は、
雨、雷、雪の予報でしたが都心に雪がちらついたとか・・・・。
縄文人様 ご訪問いただきましてありがとうございます。 御身は宮津節をご存じでしたでしょうか?小生の場合はお座敷で興じることがあまりなかったので、宮津節を楽しむ機会がありませんでした。江戸時代でしたらあちらの港はさぞかし賑わったことでしょうね。
削除3月11日には東京をすり抜けていきましたが、その日もかなり寒かったですね。
そんな中でもボケの花が咲いているのですか?
こんにちは。シュンランが楽しみですね。拙庭のフクジュソウは今年は花芽が無くやっと出たかと思うとギザギザの葉っぱだけでした。昨秋の猛暑や少雨で花芽ができなかったようです。
返信削除多摩NTの住人様 ご訪問いただきましてありがとうございます。 御ページで素敵な春蘭の姿を見て、すぐに拙庭でも咲いてきました。しかし、1株に3つ咲きましたが、みんなあっちの方角を向いています。フクジュソウは株が絶えて寂しがっていましたが、昨年、意を決して購入した一株に花芽が付いて来ました。その他に昨日埼玉で墓参をしてきたのですが、友人宅により、そこでこれまた一株だけもらってきて、本日、土に還しました。今年はこの株にとってどういう夏になるのでしょうか。
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